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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3074号 判決 1972年11月20日

控訴人 西須正剛

控訴人 高橋不二夫

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 棚村重信

被控訴人 桜井太郎こと 慶五重

右訴訟代理人弁護士 荒井尚男

同 浜田正義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

一、被控訴人の請求原因

1.被控訴人は、昭和四一年一〇月三一日訴外朝賀忠治に対し、八〇万円を利息及び損害金月五分、弁済期日昭和四二年四月三〇日と定めて貸し渡し、その際、控訴人らは、朝賀を各自の代理人として被控訴人と朝賀の右債務を連帯して保証する契約をした。

2.仮りに、朝賀が右連帯保証契約をするにつき控訴人らを代理する権限を有しなかったとすれば、被控訴人は表見代理を主張する。

すなわち、控訴人らは昭和四一年一〇月三一日頃朝賀に対し、朝賀が落札した頼母子講の掛返し金債務について、控訴人らを代理して連帯保証をする権限を与え、かつ、朝賀に、控訴人らにおいてそれぞれ記名のうえ各自の実印を押捺した借用証書及び白紙委任状のほか各自の印鑑証明書を交付した。そうして、朝賀は右1のとおり被控訴人から金員を借り受けるに際して、被控訴人に右借用証書等を示して、控訴人らの代理人として前記連帯保証の意思表示をしたので、被控訴人はこれを信じて右に応じたものである。従って、被控訴人には、朝賀が右連帯保証をするにつき、控訴人らを代理する権限を有するものと信ずるについて正当な事由があるというべきであるから、控訴人らは民法第一一〇条により、朝賀のした右行為につきその責に任ずべきである。

3.仮りに、朝賀の右行為が無権代理行為であるとしても、昭和四二年五月二〇日控訴人らは朝賀と共に被控訴人と協議のうえ、右1の金員を昭和四三年五月二〇日限り支払うこと及び利息、損害金を月二分とすることを約したので、これにより右無権代理行為を追認したこととなる。

4.よって、被控訴人は控訴人らに対し、各自八〇万円とこれに対する弁済期の後である昭和四三年六月一七日から支払済みに至るまで利息制限法所定の範囲に引き直した年二割四分の遅延損害金の支払を求める。

二、控訴人らの答弁及び抗弁

1.請求原因1.記載の事実は否認する。

2.右2.記載の事実のうち、控訴人らが各自の実印を押捺した金額及び名宛人欄空白の借用証書及び白紙委任状ならびに各自の印鑑証明書を朝賀に交付したことは認めるが、その余は否認する。すなわち、右借用証書等は、控訴人らの妻達が、朝賀から、同人において頼母子講で落札したので掛戻し金債務について控訴人らに連帯保証して欲しいが、それは満講まで二回位のもので金額もたかだか一〇万円程度であると言われてこれを交付したものであるところ、朝賀は、その後これらのうち、借用証書と白紙委任状にかつてに右の趣旨とはことなる事項を記入して使用したものである。このように、右借用証書等は、朝賀が控訴人らないしその妻達を欺罔して交付させたものであって、被控訴人主張のような基本代理権は存在しない。また、後記4.(二)のとおり、被控訴人は朝賀にその主張のような代理権があると信ずるについて、正当な事由を有するものではない。

3.右3記載の事実のうち、控訴人らが被控訴人とその主張の日に協議したことは認めるが、その余は否認する。

4.仮りに、被控訴人の表見代理の主張に対しては、次のとおり抗弁する。

(一)、控訴人らは、右2のとおり朝賀の負担する債務がせいぜい一〇万円程度であると考え、これについて連帯保証をする趣旨で同人に前記借用証書等を交付したところ、朝賀はこれを流用し、金融業者である被控訴人から借り受けた八〇万円の貸金債務について控訴人らを代理して連帯保証をしてしまった。もし控訴人らが、予め朝賀が右のような挙に出ることを知っていたならば、到底同人に対し連帯保証をすることを承諾したり、前記借用証書等を交付したりはしなかったものであるから、朝賀が控訴人らを代理して締結した連帯保証契約は、その重要な部分に錯誤があり無効である。

(二)、控訴人らが朝賀に交付した借用証書は、前記のとおり金額及び名宛人の欄が空白であったが、朝賀はこれに一〇〇万円と記入して被控訴人のもとに持参したところ、被控訴人は右金額を八〇万円と訂正させ、かつ、自ら記名印を用いて名宛人欄を補充した。ところで、借用証書中の金額を訂正する場合には、関係者全員から訂正印を求めるのが通例であるから、被控訴人は、本件の場合、右訂正の旨を自ら控訴人らに連絡するか或いは朝賀に命じて控訴人らの訂正印を求めさせるべきであったのに、被控訴人はこれらのことをしていない。また、連帯保証人となる者にとっては、債権者が何人であるかは重大な関心事であるから、右のように控訴人らが名宛人の記載のない借用証書を代理人である朝賀に交付したに止まる場合には、被控訴人としては、それが果して控訴人らにおいて金融業者である被控訴人の朝賀に対する貸金債権につき連帯保証をする趣旨であるかどうか疑問を持つべきものであって、前記のようにこれを補充するに先立って、当然控訴人らに対し、その意思を確認する必要があるのに、被控訴人はその挙にも出ていない。このように、本件において被控訴人が通常なすべきものと考えられる控訴人らに対する通知問合せ等を何もしていない以上、被控訴人が朝賀にその主張のような代理権があると信ずるについて正当な事由があったものといえないのみならず、被控訴人は朝賀のした連帯保証の意思表示が、同人の与えられた代理権の範囲に属しないことを知っていたものというべきである。

5.仮りに、被控訴人の追認の主張に対しては、次のとおり抗弁する。

(一)、被控訴人主張の協議は、控訴人らにおいてあらためて被控訴人に対し借用証書を交付して、これを以て朝賀の無権代理行為を追認する趣旨であるところ、控訴人らは結局右の借用証書の交付をしていないから、追認の効力は生じない。

(二)、控訴人らは、法律にうといため、金融業者である被控訴人が、前記借用証書に実印を押している以上控訴人らのした連帯保証は有効である、というのをそのまま信じ、被控訴人主張の協議に応じて、朝賀の無権代理行為を追認したものであるが、前記2のとおりの事情であってみれば、右連帯保証は無効というべきであり、右協議に際し、このことを知っていれば控訴人らは右のように追認をすることはなかったものであるから、右追認の意思表示はその重要な部分に錯誤があり、無効である。

(三)、仮りにそうでないとしても、被控訴人は右述のとおり右連帯保証契約は有効であると控訴人らを申し欺き、控訴人らはその旨誤信したため追認の意思表示をしたものであって、右追認は被控訴人の詐欺によるものであるから、本訴(昭和四五年二月一九日午後一時の原審第九回口頭弁論期日)においてこれを取り消す。

(四)、また、被控訴人は前記協議の際、控訴人らに対し、右連帯保証契約は有効であるから、同人らの財産を差し押える旨申し向けて畏怖させたので、控訴人らは止むをえず追認の意思表示をするに至ったものであって、右は被控訴人の強迫によるものであるから、前記(三)同様本訴においてこれを取り消す。

三、被控訴人の認否

控訴人ら主張の抗弁事実はすべて否認する。

四、証拠関係<省略>

理由

一、<証拠>によると、被控訴人は、昭和四一年一〇月三一日朝賀に対し、八〇万円を利息月五分、弁済期日昭和四二年四月三〇日と定めて貸し渡したことが認められ、これに反する証拠はない。

被控訴人は、その際、朝賀は控訴人らから授権されてその代理人として、右貸金債務につき連帯保証をしたと主張するけれども、被控訴人の全立証によっても、この事実を認めることができない。もっとも、前顕甲第一号証の一、二(金員借用証書)中には、控訴人らにおいて右貸金債務について連帯保証する旨の記載と控訴人らの記名押印があり、また、被控訴人が甲第二、第四号証の各一、二として提出した受任者白紙の控訴人ら名義の委任状中には、控訴人らにおいて右連帯保証をし、かつ、その事務の処理を委任する旨の記載と控訴人らの記名押印があり、更に、昭和四一年一〇月三一日右甲各号証の書面(但し、その内容は後記のとおり)のほかに、控訴人らの印鑑証明書(成立に争いのない甲第三、第五号証の各一、二)が朝賀に交付されたことは当事者間に争いがないけれども、これらの各書面の作成交付の経緯は次に認定するとおりであるから、これを以て右事実を認めるに足りる資料とすることはできない。その他、被控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

二、そこで表見代理(民法第一一〇条)の主張について判断する。

1.控訴人らが、右昭和四一年一〇月三一日朝賀に、各自の実印を押捺した前記借用証書(但し、金額及び名宛人欄はいずれも白地であった。)及び白紙委任状(但し、委任事項の記載はない。)のほか各自の前記印鑑証明書を交付したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、前示証人朝賀、原審証人西須マサ子、同高橋ハナ子の各証言、前示被控訴人本人尋問の結果、原審及び当審における控訴人らの各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を合せ考えると、次の各事実が認められ、右各証言及び本人尋問の結果のうちこの認定と牴触する部分はたやすく措信し難く、他にこれに反する証拠はない。

(一)、朝賀は、従前からたびたび貸金業者である被控訴人から金員を借り受けていたが、昭和四一年一〇月末頃被控訴人に一〇〇万円の借用を申し入れて、一応承諾を得たものの、連帯保証人を二名立てることを求められた。

(二)、そこで、朝賀は、同年一〇月三一日かねて知合いの控訴人ら方を順次訪れ、満講まであとわずかな総額一〇〇万円の頼母子講を八〇万円で落札したので、その掛戻し金債務について連帯保証をし、かつ、そのために必要な書類を作成交付して欲しいとそれぞれ申し入れた。まず訪れた控訴人西須方においては、いあわせた同控訴人がこれを承諾し、朝賀の持って来た金額及び名宛人欄白地の金員借用証書(前示甲第一号証の一、二)の連帯保証人欄及び白紙委任状(前示甲第二号証の一、二)の末尾にそれぞれ自己の記名判を押したうえ実印を押捺し、ついで同様朝賀の用意していた印鑑証明書の用紙(成立に争いのない甲第三号証の一、二)の印鑑欄にも実印を押捺し、同人がこの用紙を以て印鑑証明書の交付を受けることを認めた。次に訪問した控訴人高橋方においては、同控訴人は外出中であったが、同控訴人の妻の電話連絡の結果承諾が得られたので、妻ハナ子は右借用証の連帯保証人欄及び朝賀の持参した白紙委任状(前示甲第四号証の一、二)の末尾にそれぞれ同控訴人の氏名を記載してその実印を押捺し、ついで控訴人西須と同様に印鑑証明書の用紙(成立に争いのない甲第五号証の一、二)の印鑑欄にも右実印を押し、朝賀がこれを以て印鑑証明書の交付を受けることを認めた。

(三)、朝賀は、直ちに、右印鑑証明書用紙を以て控訴人らの印鑑証明書の交付を受けたうえ、右借用証書の金額欄に一〇〇万円と記入し、また右白紙委任状に前記一認定のとおりの委任事項を補充して、これらの各書類を取り揃えて被控訴人の許に持参し、これらを示して、控訴人らはいずれも朝賀の被控訴人に対する貸金債務について連帯保証することを承諾し、自分にその旨の代理権を与えたと申し述べた。

被控訴人は、朝賀に同人と控訴人らとの関係を問いただし、かつ右の各書類を精査したうえで朝賀のいうところを信用し、控訴人らの連帯保証の下に朝賀に金員を貸与することとしたが、その金額は八〇万円にすると朝賀に申し渡した。そこで同人は、右借用証書中の金額欄の記載を八〇万円と訂正し、自己の印を押したうえ、被控訴人に右各書類を交付し、被控訴人は、それと引換えに、朝賀に現金八〇万円を交付したが、その際被控訴人は右借用証書の名宛人欄に桜井太郎という自己の記名判を押捺した。

2.右認定の事実によると、朝賀は控訴人らから、朝賀がその加入している頼母子講に対して負担する講金の掛返し金債務について控訴人らを代理して連帯保証をする権限を与えられていたところ、これを踰越し、前記一のとおり被控訴人から金員を借り受けるに際して、控訴人らを代理して被控訴人に対し、右貸金債務について連帯保証をしたものであることが明らかである。なお、控訴人らは、朝賀は控訴人らの妻達を欺罔して、右借用証書等を交付させたものであって、いわゆる基本代理権は存在しないと主張するが、右1.認定のとおりこの主張事実は認められないし、また、いわゆる基本代理権が代理人の詐欺により与えられたからといって、民法第一一〇条所定の表見代理が成立し得なくなるものではないから、いずれにしても、右主張は理由がない。

そうして、右1認定の経緯、特に朝賀が控訴人らの連帯保証人としての記名押印のある借用証書のほか、控訴人らの白紙委任状及び印鑑証明書を所持していたことに徴すると、被控訴人において右貸金に際し、朝賀に控訴人らを代理して被控訴人の朝賀に対する貸金債務を連帯保証する権限があると信じたのももっともであると認められるから、被控訴人がかく信ずるについて正当な事由があるというべきである。

3.ところで、控訴人らは、本件においては被控訴人が朝賀に右のような権限があると信ずるについて正当な事由があったとはいえないのみならず、被控訴人は朝賀のした連帯保証の意思表示は、同人が与えられた代理権の範囲に属しないことを知っていた旨主張する。

なるほど、右借用証書中の金額欄の記載が朝賀の印だけで訂正されていること、及び右の名宛人欄が最後に被控訴人において桜井太郎の氏名を記入するまで空欄であったことは前記1認定のとおりであり、また被控訴人が直接控訴人らに対し、その連帯保証の意思を確認する挙に出たことは、本件に現れたすべての証拠によってもこれを認めることはできない。しかし、右金額欄の記載は、右認定のとおり一〇〇万円とあったものが八〇万円と減額訂正されたものであるから、増額の場合とことなり、当然に被控訴人において、控訴人ら主張のような連絡等をすべき場合にあたるとはいえない。また、借用証書の名宛人欄を空白にしておくことは種々な理由から世上広く行なわれていることであることを考えると、特段の事情の認められない本件においては、右借用証書の名宛人の記載がなかったからといって、直ちに被控訴人において控訴人らに対しその意思を確認する手段を講ずべきものとすることはできない。このように、控訴人らが、被控訴人において控訴人らに対する通知、問合せ等をなすべきであるとして主張するところは理由がないのであるが、さらに右認定の本件貸金に至る経緯、右貸金債権の規模、弁済期日等から考えると、市井の金融業者である被控訴人が前記認定のような書類のととのっている本件において右1.(三)認定のとおり朝賀に対して同人と控訴人らとの関係を問いただしたのみで、更に控訴人らに対し直接その意向を確かめることをしなかったからといって、特にこれを強く咎める必要はないものと認められる。従って、右の主張はいずれにしても理由がない。

4.控訴人らは、更に、本件連帯保証契約は要素の錯誤により無効であると主張する。

ところで、法律行為が代理人により行なわれた場合には、意思の欠缺等の瑕疵は代理人についてこれを論ずべきところ、右1.認定の事実によれば、控訴人らの代理人朝賀の被控訴人に対する意思表示には何の錯誤もないことが明らかである。本件においては、右2認定のとおり、朝賀において控訴人らから与えられた権限を踰越したにすぎず、その結果表見代理の法理により控訴人らにおいて朝賀のした行為について責を負うべきこととなっても、これを目して錯誤ということができないことはいうまでもない。また、右主張の趣旨が、控訴人らの朝賀に対する代理権授与行為が要素の錯誤によって無効であるから、朝賀のした代理行為である本件連帯保証契約は無効である、というにあると解しても、前記認定の事実によれば、右代理権授与行為に要素の錯誤があるものとは認められないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従って、いずれにしてもこの主張もまた理由がない。

5.以上のとおりであるから、控訴人らは民法第一一〇条により、その代理人である朝賀のした本件連帯保証契約についてその責に任ずべきものである。

三、してみれば、控訴人らは各自前記貸金八〇万円とこれに対する被控訴人主張の弁済期日の後である昭和四三年六月一七日から支払済みに至るまで遅延損害金を支払うべき義務がある。そうして遅延損害金の率については、被控訴人の請求の一部を排斥し、これを年一割八分と認定した原判決に対して、被控訴人は特段の不服の申立をしていないから、この点について改めて判断する限りではない。従って、被控訴人の本訴請求は、原審の認定した限度において理由があるから、これと趣旨を同じくする原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、民訴法第三八四条により本件控訴を棄却し、なお控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 川上泉)

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